社長メッセージ

ごあいさつ

獲れたて魚の刺身のなんと旨いことか
熟成した塩蔵魚のなんと芳醇なことか
魚介の出汁のなんと深く繊細なことか

のはずなのに

 時々がっかりさせられる冴えない魚に街や家庭で遭遇してしまいます。
何故こういうことが起きるのでしょうか?
時期外れのパサパサの魚なのに或いは商品価値の極めて低い幼魚なのに獲ってしまったのか、仮に素材は良質なのに加工・流通段階の不手際や解凍方法の誤りによる品質劣化があったのか、見栄えや簡便さを追求し過ぎるあまり美味しさを犠牲にしてしまったのか、等々。
魚はこれらに1つでも当てはまると価値を損なう、とてもデリケートな食材なのです。
 挙句の果てに“魚はまずい、めんどう”と敬遠され、人のミスや我儘や誤解により廃棄され、一方で魚介サプリメントだけがもてはやされる、なんて悲劇が起きたらとても悲しいです。
もしそんなことになったら人も不幸ですし魚も浮かばれない。“だったら獲るな”と魚は云うでしょう。そもそも人に食べられるために生まれてきたのではないのですから。

 では、どうすれば良いのでしょうか?

我々の先達には、大切な素材を自ら目利きし素材ごとに最適な料理と保存を行ない全てを美味しく食べ切る知恵と技術がありました。そこには美味しさへの探究と同時に命を頂いているという感謝の気持ちがあり、それが代々伝承されるうちに日本は世界屈指の魚食国家になったのだと思っております。
 ならば現代人とて、人が生きるために必要な資源だけを遠慮がちに頂戴し、その素材価値を損なわず或いは付加価値を上乗せし美味しく食べ切る(=廃棄しない)、を実現することが命を頂いている側の最低限のマナーであり魚食の作法かと。
 即ち天然産品に対して無理・無茶を云わない、やらない。資源量や素材価値を犠牲にし無駄なコストを掛けてまで特定の食材を追い求める必要はなく、むしろ今獲れる魚を知恵と技術で美味しく上手に頂く。 人の我儘を食材に強いるのではなく、食材の特性を受け入れる。それが食育だと考えます。

あれ? なんだか思想啓蒙っぽくなってきてしまいました。そんなつもりは毛頭ございません。大変失礼致しました。
魚と人の良い関係を純粋に願っているだけでございます。

情報と技術と相互理解と約束に裏打ちされた、生産・加工・流通・消費のスマートリレー。それが醸成されてゆけば自ずと魚食ファンが増え、魚の消費も生産も健全に回復して参りましょう。 当社はその一担い手になりたいと思っております。